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FRUSIC

Author:FRUSIC
リゾート地での朝食は、必ず心地よいBGM(音楽、波の音、または、会話であったり)が流れる、ゆったりとした時間の中でフルーツを食べます。
私たちは、音楽を提案することにより、忙しい日々の合間にも、フルーツを食べながらゆとりを感じていただけないだろうかと考え、また、ミネラルを含む熱帯果実で体もリフレッシュできればとも考えます。

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fruits + music = FRUSIC
農業生産法人FRUSICのブログです
あの頃
先日 ある番組で取材を受け 2ヶ月ほどアメリカ大陸を旅していた頃の写真がほしい

ということだったので 探しました

今なら デジカメなのでパソコンの中に引き出し?があるのですが

当時は フィルムだったので 写真やらネガやらを探しました

当たり前だけど 若かったよ あの頃は 本当に ( 笑 )

何にでもなれるって 真剣に思っていたからね 

やる気はあるし 体力もある というか 無鉄砲さだけで生きていた感じ

あそこへ行きたいと思ったら 旅費を貯めるためにバイトして 貯まったら海外へ飛ぶ

あれが食べたいと思っても ひたすらバイトして 飛ぶといった感じ

海外は 時間的余裕がある学生時代だから行けたし どんなに貧乏旅行だって楽しめた

みすぼらしくても 若いから許されたし 逆に気取らなくて良かったから 

ユースホステルで出会う人たちと お互いの材料で 夕飯作ったりしたし

どこが面白いとかという情報を仕入れたりね

それに 行った先の見知らぬ町の人から クーポンもらって ちょっとお得に食事したり

それでも 一番助かったのは やっぱり 中華です ( 笑 )

あぁ コメ食べたい しょうゆ味が ・・・ となると 中華料理が頭に浮かび

どの町に行っても ちゃんとあるんです

それに 小さな田舎町だと 同じ東洋人ということで 気遣ってくれるし

最後に出てくる フォーチュン・クッキーに どれだけ励まされたか ( 笑 )

2ヶ月ほどの旅は カナダ・アメリカ・メキシコという感じ メインはアメリカでした

実は この旅行が 私が地域農業にこだわるルーツがあるのです

そして 何気なく泊まったユースホステルでの一言が ある場所へ行くきっかけとなり

それが エネルギー ( 温泉熱 ) 利用の農業につながっているのかもしれません

生きてきたこと全てが 今やこれからのことにつながるとするならば ね


インディアン文化に憧れ モニュメントバレーに行き そこから グランドキャニオンへ

ユースホステルで出会った仲間と車で砂漠を突っ走り 国定公園でキャンプ

とりあえず 夕陽が見たいとなったので とにかく歩きました

すると 突然 雨が降り始め うわぁと運が悪いと思いながら歩いていると

GC and Rainbow

とにかく 壮大で 美しくて 夕陽と虹という演出がすごくて

あまりにも感極まって 大泣きしました ( 笑 )

grand canyon

合成写真にも見えますね 本当にスケールが違うというか ショックでしたね

感動して キャンプ地に戻ったら 超真っ暗で 何もない

周りにもキャンパーがいるんですが 本当に外灯すらないので 何も見えない中

テントを張り 夕飯のバーベキューを仲間としました

とにかく 真っ暗なので 何を焼いているのすら分からなかったです ( 笑 )

で 朝の4時ごろ? ワオーンというオオカミの遠吠え びっくりして目を覚ますと

自分や仲間が着ているシャツが赤いんです まさか 誰かが ・・・

とにかく仲間の人数を数え 大丈夫 ちゃんといる ・・・ オオカミが頭に入っていたのです

よくよく考えると 夕飯に食べたバーベキュー 暗くて分からなかったけど

あれは 絶対にレアな肉を食べていて シャツが赤くなった原因だったのです

反省です 今はどうか分からないけど アメリカの国定公園でキャンプするときは

ちゃんと十分なランタンを持ち歩くこと テントや夕飯は 明るいうちにすることです

で もう一度 グランドキャニオンの景色を見にいきました

wanna be a bird

鳥になりたい 自由に生きたいって そう思い 両手を広げたのだと記憶しています

あの頃と比べると 随分 汚れてしまったよなぁ こころがね

もっともっと ずっと真っ直ぐだったと思うから

過去は誰でも美化したがる傾向にあるから 実際のところ どうなのか分からないけど

正直 こうして写真を見ていると あの頃に戻りたい気持ちになります

大学の選択肢も日本ではなく アメリカなど海外という道もあったので

そうしたら 随分と変わっていたんだろうなぁって

でも 今の大切な家族や仲間とは出会えなかった可能性が強いから そう考えると

やっぱりダメだし この選択肢が最善だったということになるのです

だから もっと頑張らなきゃね

あの頃はと もっともっと笑顔で話せるように もっともっと頑張んなきゃと思います


今から20年ほど前のものです 20代の前半のことです


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